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上南部水神宮

住所 旭川市東旭川瑞穂

一般社団法人 旭川観光コンベンション協会

旭川の地名の由来は、アイヌ語で忠別川「チュプ・ペッ」(日・川)の意味で、「日」を「旭」に置き換えて「旭川」と意訳した。
水田が広がる豊田・米原・瑞穂地区は、総称して「ペーパン(米飯)」と呼んでいる。
これはアイヌ語で「ぺ・パン」(水・飲む)と、「ペー・パン・ペッ」( 水・あまい・川)のペッ(pet 川)が略された説の二説がある。もちろんお米づくりが盛んである。
昔は「上ペーパン、下ペーパン」と呼んでいたそうだ。
旭山動物園の入り口手前のY字分岐を旭川21世紀の森方面へ、道道295号瑞穂旭川停車場線を約10.7km進み、水神宮の小さな看板を右折し約600mを左折し、約3.3km進むと大きな看板があるのでそこを右折し砂利道を進むとある。

水神宮は、大正中期に加藤久五郎によって祀られ、この祠の横からは湧き水が流れ出ていて地元で人気の湧水である。
現在の水神宮の小堂は、1929(昭和4)年に建立されたそうだ。
明治時代から枯れることなく湧出している水で、言い伝えでは「病に臥せっていた先人がこの水を飲むことによって病気が治った」(特に目の病)と語り継がれ、霊験あらたかな御神水として大切に守られている。
毎年4月15日はこの水神宮の祭日として毎年斎行されている。
取水口は一つで水量も多くはない。
しかし、大量のポリタンクを持ち込む人が押しかけ、1時間待ちも当たり前という噂もあるほどだ。
施設の維持管理は賽銭によって賄われている。

1898(明治31)年、 福島県伊達郡大田村(現・伊達市保原町)の三代目村長菊田熊之助を団体長とし、近隣村を含めた128戸が入植したのが始まり。
伊達郡は、江戸時代を通じて養蚕業が発展していたこともあり、入植者は養蚕農家独特の家をつくった。その家は現在も養蚕民家として保存されており、1973(昭和48)年に旭川市文化財に指定された。

道道295号瑞穂旭川停車場線とは、旭川市の郊外と中心部を結ぶ一般道道で、総距離は16.1km。

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